日記

東京都の1日の感染者数が3,000人を超え3,177人に。ぐっと上がったなー。

不要不急ではない(要で急)外出をしてみると街には人がたくさんいる。

オリンピックについてはとても複雑な心境だ。大前提として「やってる場合じゃねえ」と思っているけど、チケットが無効になった身としては「無観客試合をテレビで見るくらいはいいか……」という気持ちになる。

これだけ蔓延するともう避けきれないのかなと思うこともある。医療崩壊どうするんだ。おちおち他の病気にもなれん。バイクにも乗るのがためらわれる。事故を起こしたらどうなる?

困った。

日記

また1ヶ月あいてしまった。コロナ禍がおさまらず4回目の緊急事態宣言が出そうですね。

あんなにマスクを付け忘れる人間だったのにすっかりマスクに慣れ、蒸し暑い中マスク姿で汗をふきふき通勤しています。家だとマジで仕事ができない、というか進まない。体調が微妙な時は自宅にいるようにしているのですが、そうすると次は外に出る元気が「自宅にいるせいで」なくなっていってしまうという事態になって悪循環。ある程度回復したらえいっと外に出るようにしています。自宅が嫌いなわけではないのだが……。

そろそろ今の会社で13年が経とうとしております。そしてだいぶ前に退職する上司からもらった言葉を支えに11年くらいやってきた業務が実は割と自分に向いてなかった!ということがわかったのが今日、というかこの数ヶ月。状況が変化する中でいつからか向かなくなったというのが正確なんでしょう。11/13ってまあまあ長いよな。当時の言葉に縛られていた、というとなんだかネガティブな聞こえ方になるかもしれませんが、その縛りがなかったら私はとっくにどこかのタイミングで根を上げていたでしょう。縛りがあるのは悪くはなかった。むしろずいぶん助けられた。たぶんとても強い力を持っていたその言葉の有効期限が終わったんだろうなぁという感じです。

(特に転職・退職をするわけではないです)

14年目が始まるわけですが、なんかうまいこと自分の興味関心分野が広がった手応えもありますので、年齢に負けずにこつこつやっていこうと思っているところです。あんまり勝ち負けとかは考えてないはずだったけど、無意識に負けてたというか無視してたな、と思ったところだったので。地に足がついたというのがしっくりくるなという気がします。

割と2021年は区切りになってる年なのかもしれない。5年前は2016年で、この年もいろいろあったのだった。その5年前は2011年で、震災とは全く別でいろいろあった年だったし、さらにその5年前には結婚を決めている(毎年何かしらあるのは当然として……)。5年ごとになんだかんだあるな。

日記

1ヶ月あいてしまった。体調はあんまりよくないですが元気に(?)過ごせています。ほんとに新型コロナウイルスかかりたくない……体験記とか読むとつらい……。

第4回ABEMAトーナメントを見ながら、[B! 増田][将棋] toyaのブックマークを眺めていました。増田の将棋解説は面白いものが多くて勉強になります。私が将棋観戦を始めたのは木村一基九段と藤井聡太二冠が対戦した棋聖戦なので、木村一基九段のことを書いたこの匿名ダイアリーは何度読んでもじんわりと感動してしまいます。

木村一基の不撓の闘い

私が好きな将棋漫画「将棋の渡辺くん」の主役(モデル)である渡辺明名人(三冠。称号を正確に書くのむずいな)のことを描いたこの記事も好きです。

名人、渡辺明|Calbee|note

この記事の中に、スランプに陥った渡辺先生がご自身のブログに書いた部分が引用されているので、同様に引用します。

竜王戦のあとに来年は巻き返したい、と言ったもののさらに悪化してる印象で、打つ手が無くなってきた、という感じです。この負けっぷりが一過性なのか、はっきり力が落ち始めてるのかはこの1〜2年ではっきりするんでしょう。前者なのを祈りつつ、打つ手が無い中で模索したいとは思いますが、白星が集まらないことには何が今の自分に合ってる(戦法、取り組み方)のかも分かりません。負けては変えて、負けては変えて、で元に戻る、という負の連鎖が今の状態です。こんな時、将棋にもコーチがいれば、とは思いますが、自分で考えて何とかするしかないんですよね。

A級順位戦最終局、三浦九段戦。 - 渡辺明ブログ

堂々たるタイトルホルダーである渡辺先生と比べるのは本当に失礼なことだと思うのですが、なんだか今の自分と近くて、つい何度も往復して読んでしまいました。この後、元の記事の筆者はこう書いています。

あとは復活のために何をするかである。これは先人の例を見ても人それぞれ違う。風が吹くまで昼寝をするのか、若手に教えを請うのか、主力戦法を変えるのか、生活スタイルを見直すのか。

渡辺明はおそらく変わらなかった。1日8時間のトレーニング。研究、実戦、微調整。体力と体型を維持するためのジョギング、フットサル。息抜きに競馬、漫画、ヨーロッパサッカー。

渡辺明はおそらく変わった。自玉の周りに金銀を集結させる従来の将棋から、全体のバランスを重視する新時代の将棋へ。ソフトとの距離を大きく縮めて。

名人、渡辺明|Calbee|note

自分の仕事人生で編集点が打たれるとしたらどこだったのか、何度振り返ってみてもどうもよくわからないので*1、前向きにやっていかねばなるまいと思っているけども、まあなかなか難しい。年を取るとはこういうことかという気持ちになることもしばしばあります。でも将棋界の話を見ると、ピークを過ぎるといわれる40代からもいろいろなことを迎えて越えていく棋士がたくさんいるのです。将棋界に限った話ではなく、身近なところにもあり得るのに、どうも「詰んでるなぁ」という気分になりがちでよろしくないですね。

あと10日ほどで46歳になります。堂々たるアラフィフです(45歳の今もそうだけど)。46歳を迎えるにあたって考えていることについては別途書こうと思っているのですが、将棋観戦(観る将)という趣味を得られたのは、過去のさまざまな棋士の人生に触れることでもあるので、大変よかったなと思っています。明日からは藤井聡太二冠と渡辺明名人の棋聖戦5番勝負ですね。楽しみにしています。

*1:ひとつだけ思い当たることがあるけれど、不可避だったし、自分がチャレンジを選んだこと自体は偉かったと思っている。が、もっと利己的な動きでもよかったんじゃなかったかなと、振り返ると珍しく後悔している事象ではあった。

日記

連休中、Kindleで半額セールがあったり「遠出してない分を書籍に回すかー」という意味不明の供述をしたりなどして、いろいろと本を買った。並行して読んだりもするし、デジタルでも物理でも積ん読があるのに、買わずにはいられなかった。たまにこういうことが起きるので、その時は素直に買う。本格的に外に出られなくなりそうになったらそこで読めばいいし、よくないけど。

コロナ禍のあれこれを考えるとあんまり外に出まくるのもなぁ、とだらだら考えていたら連休が終わりかけている。バイクの様子を見に行くかーと装備をそろえて駐車場に赴いたら最後に使う鍵を忘れてふりだしに戻る。バイクは密にならなくて割と筋のいい外出だと思うんだけど、事故に遭った時の救急医療へのアクセスが不安(なので思い切ったツーリングをするという考えにはなかなかなれない)。もちろん安全運転をするつもりで公道に出るんだけど、バイクは頑張って安全にしていても、もらい事故の可能性が常に高いからのう。

いまいち活動的になりきれない大型連休でどうも本に逃げてしまう。明日は午後から雨らしいけど電車にでも乗ってみるか……うーん……。

日記

私個人としては大型連休初日。業務用PCがスリープから帰ってこない事態に見舞われ、強制電源オフも効かず、スマホMOBO Keyboardをつなげる。その後ひたすら復帰方法をググり、裏側にある緊急用リセットホールなるものをつまようじで10秒長押し、でなんとかなった。このタイミングでPCに死なれると真面目に困るので復帰できて本当によかった。本当によかった……。

天気がいまいちだし出かけるところはないしで、いろいろな人のいろいろな記事や本を読んで過ごす。もうちょっとで頭の中の靄が晴れる気がするのだが、もう一息か。

日記

ゴールデンウィーク初日。を迎えたのであるが、嘘偽りなく何も予定がない。旅行も小旅行も外出も特にない。このままでは淡々と家でスマホをいじって終わることになってしまう。

スマホを触れるのならまだよい。最近とうとう老眼が本格化してきていて、スマホの細かい文字の画面はなんだか見ていて疲れるようになってしまった。強靭な眼筋がほしい。ピント合わせを自由自在にしたい。正直完全にピントを合わせなくても暮らせるので、それに慣れてしまうのが怖い。

眼筋が1日やそこらで力強く発達するとは思えないので、外出して緑と空と遠い景色を見て鍛えたいのだが、このコロナ禍で何をすればいいというのだろう。近距離でバイクに乗ることを考えていたが、もし事故を起こしたとすると、救急搬送先がないという事態が発生しかねないので……。

電車に乗って遠くに行く、のが一番取りうる行動パターンかなぁ。家に居るのがもちろんいいんだろうけど家に居続けるには限界がある、というか、やることはあるだろうけど居るだけで消耗してしまうだろうし、何とかしないといけない。

日記

東京から大阪に引っ越して14年、大阪から東京に戻ってきて10年が経とうとしています。

大阪に引っ越した月の日記を読み返してみると(過去だから恥ずかしいとはいえ)割と元気で暮らそうと努力していて微笑ましいなと思います。しかしその年末には極端な運動不足と寒さで腰を痛めるのだ……。

東京に戻ってきた時の日記はこんな感じで、いろいろ大変だったことを割と鮮やかに思い返すことができます。

nightmare18.hatenadiary.jp

そう、フェルメール展はなんだか不思議な巡り合わせだったなーという気がしたので書いたのであった。

ちょくちょく公開情報として書いていたのであらためて書くと、私が大阪で最後に住んでいたのは大阪市西成区で、最寄り駅は西成区役所と同じ岸里駅(大阪メトロ)だった。なので、昨今の西成区を巡るさまざまな表現のお話は、腹立たしく思うと同時に、自分の中にある差別意識との戦いでもあった。「一緒くたにまとめるな」と言えば言うほど「一緒にされたくない」という気持ちの裏返しに見えてしまうし、まさに「それはそう」。しかし大阪において地名というのは、たった4年間のにわか大阪市民だった私にとってもはっきりわかるくらい、なかなか扱いが難しいものなのだ。西成区に限らず。梅田(大阪駅周辺のことです)の再開発地域の名前を「うめきた」にした時も同じような話があったことをうっすら覚えているのだが、ぱっと経緯が出てこない。

言葉遊びの域を出ないという側面はある。しかし歴史ある地名の話でもある。本当に難しい。

大阪に文字通り骨を埋める覚悟で引っ越したので、大阪のいろいろな面を見たいと思い、夫に頼んで太子・山王などを散歩したことがある。夫になぜ頼んだのか端的にまとめるのは非常に難しい。しかしやはり、女性一人では歩くのはおすすめできないと思う。結果としては「通りすがる形でも歩けてよかった」だけど、飛田新地のあたりは「女性が歩くこと」そのものが商売の妨害になるケースもあるそうで、本当に本当に難しいのだった。

個人的には西成区に住んだ数ヶ月間、直接的な怖い思いをしたことはなかった。キタにもミナミにもアクセスが簡単で、でかいスーパーがあり(カナート、今のうちの近所に越してきてほしい)、お祭りもあって、地域性とは全く別レイヤーのプライベートなことで大変だった以外は、非常に住みやすくてよい街だった。住吉大社まで散歩したこともあったな。ぐるぐるの橋や渡し船もよかった。いいところは確かにいっぱいあるのだ。

だからこそあんまり簡単にその背景を取り扱ってくれるな、と思うのだけど、ワンダーランドと言われるとなぁ。確かにワンダーだけど。

(追記)過去の記事で割と楽しく書いたものがあったのでメモ。

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